ナイル二月号掲載歌と今日の歌 秋夜思 二月七日(火)
ナイル二月号掲載歌
秋夜思
*夜は更け歌生るるなき時の間を秋 疾走すやがて芭蕉忌
*たまきわるわが命かな肩に背に秋何たびの露を置き消す
*寝ねがての暁に居て為すこともなく読む詩集「在りし日の歌」
*夜々すだく虫のあわれを問うならば先づ置け淋しかりし郷愁
*無為にしてひと日過ぎたり世はすでに黄落の季過ぎて霜降
*ひと恋いしようやく秋の深まればかの膕のほの霞む闇
(膕=ひかがみ)
*はらはらと散るは銀杏の葉ならずと思う心に垂るる夕やみ
*ひとり旅 空分けてゆく飛行機の中に無心に翔ぶ蠅の居て
*一陣の風は虚に鳴りわが前に到る緋いろに映ゆる冬薔薇
*とめどなく湧き来るは雨 秋の空 仰げば杳く風鳴りのして
(新仮名)
今日の歌
初恋
*はじめてのもの与へられ少年はをののきぬその甘き果実に
*幼きに苛められつつそのあまり激しきを知りやがて恋ひけり
*おそ冬の夜でありしかつゆじもの置かれしごとく背は冷たかり
*すがりつつ汝が足の背に口づけぬ乙女十六をさなかりし汝
*雪の日の頬赤かりき 丸かりき 今にして知るその想ひはや
(旧仮名)
今日の歌 遠き影 二月六日(月)
今日の歌
遠き影
*をみなとは美しきトルソー静かなる夕べの窓に映ゆる裸像よ
*その白き脚よたまゆらわが前に夢かゆたかな香を顕たせ居し
*今にしてなほ恋ふる花ひとつ在りその髪を背に消えしかの影
*去来する雲にかさねて杳き日の影へ無言でさけぶ かなしき
*忘れ得ぬ香あり彩あり杳き夜にさざめきは在りここにそはなし
今日の歌 鬱の驕り 二月五日(日)
今日の歌
鬱の驕り
*鬱に伏す夜は厭ひぬそのくらきセーターのごとまとひ付く闇
*春を待つこころに成れず夕やみのなか静もれる風の素気無さ
*ひとからの便り十日もとどこほりさは思へずも見捨てらるるか
*抜針ののち溢れ出づ緋ダリアのごときわが血を憮然と見居り
*つねに敗者たりし驕りを此処に来てひとり哀しむ死の近き夕
随想と今日の歌 やがて 去る日へ 二月四日(土)
私が透析治療を受け始めた最初は、2003年9月8日である。以来、二年数ヶ月、
火、木、土と隔日に通院すること凡そ二百数日、思えばよく耐えてきたものだ。午後
二時から四時間、仰臥安静の姿勢を保ち時を過ごす苦痛は、耐え難いものがある。
かなり身体的にも負担を強いられるわけである。当然生理的な腎機能を全部人工
腎たる透析器に委ねて生命維持を図るのだから、色々生理的機能に不具合を生じる。
各患者により、種々違いはあるだろうが、骨、筋肉、など生体諸組織に少なからずダ
メージを受ける。おおむね月一度、各種生体検査を受けて、万全を期して貰ってはい
るのだが、正常な腎機能に比べれば、人工透析ではそのほぼ一割程度の働きしかし
ないと言われている。当然、期間が長くなるに連れて、肉体的に出る異常は増えてくる。
諸説はあるが、総て上手く透析が働いても、せいぜい三十年がリミットとされている。
即ち、三十年の寿命の保証があるわけだ。
若くして透析に入った人が生き続けるには、腎臓の生体移植を受けるしかない。一応
登録しても、老人は優先順位から外される。私など論外だ。
そして、二年半にもなると、身体的異常があちこち出始める。私の場合、半年位経過し
た頃、両足の外反拇指が初発だった。主治医に聞いてもこんな例は無いという。文献的
にも聞いたことがないと。
つぎは発声困難、困難というほどでもないが、嗄声が気になりだした。次の日は元へ
戻っているのだが、実に厭な感じだ。(これは徐々によくなり、今では殆ど無くなった)。
喉頭諸筋に慣れがでたのだろう。疲れるとやっぱり声が嗄れる。
最近は眼に来た。あらゆる眼筋の力が弱くなったのだ。長い読書や、PC作業、テレビの
視聴もせいぜい一時間でアウトである。この記事も少しずつ書いている。
ここ数日、特にひどい。主治医は、末梢の動脈硬化の進行が著しいと、また内服薬を
増やしてくれた。
今、(七種類/一日)の錠剤、散剤を服用している。生来、胃は丈夫だから平気だが、患
者さんによってはどうしても服用しきれない人もいるようだ。
やがて心筋に異常が出ると、狭心症や心筋梗塞が起こり、死へ到るわけである。いま
私は心胸比がやや小さくなって来ている。(心胸比とは胸腔容積/心臓容積=X写真の
陰影から計算)。その兆しか、最近脈拍の結滞が激しくなってきた。10回~50回に一拍
結滞するのだ。気にせずに居ればどうということはないものの、気にしだすと不安になる。
そうすると益々結滞が激しくなるという悪循環。
尿量も250~300/一日 と、無尿になる日も近い。これだけは有りがたいことに、夜
間排尿で起こされることが無くなって、朝まで熟睡できるので、体調管理に非常によい。
そんなこんなで愈々黄泉平坂が近くなってきた。ブログも、毎日の"歌”を載せるのが精
一杯。ブログ探索も好き勝手に出来なくなってきた。悲しいけどこれが現実。ご訪問の皆
様に心からのお礼を申し上げ、出来る限り此処は続けるつもりだが、ブランクが長く続くよ
うだったら・・・ご想像下さい。
とりあえず現状報告まで。
今日の歌
やがて 去る日へ
*ひたすらにさびしきものよ夜は更け悲願ざくらと言ふを思へり
*一日ひと日近づきて来るその事は言へず告げをり別れの言葉
*腎を病むわれにはつらし・・ ひとみなの放埓を視す生理現象
*さらば友よ懐かしき日よふるさとの紫雲英畑に降れる日差しよ
*長らへばしみじみかなしひとの世を生きて七十年のほころび
今日の歌 ひとつの証 二月三日(金)
今日の歌
ひとつの証
*結滞の絶ゆるなき日はことごとに生き居ることをを確かめつをり
*とこしへににうしなひしもの腎二つそしてなほ生くこの執念さは
(執念さ=しふねさ)
*謀られて此処に在るかやさむき午後の透析室にひとつ飛ぶ蠅
*無機質の音すなる此処透析の部屋に四十人伏すふゆの午後
*去りし日々やがて来る日々ことごとく美しきかの人脳漿を疾しる
(美しき=はしき) (脳漿=なづき)
今日の歌 過去よりの風 二月二日(木)
今日の歌
過去よりの風
*その先になにがあるのか知るごとくひたすら犬は尾を挙げつゆく
*わたくしの二十歳を知るといふ便り給ひし大学予科の助教授
*ちちははと共に在りし日少なくて遠き昭和も霞みつつ消ゆ
*行き去りし過去とすぐ来る未来とのはざまに今日を抜ける空風
*呼吸するごとに奥処へ風の吹くごとき唸りを鎮づめかね居つ
今日の歌 去りゆく冬 二月一日(水)
去りゆく冬
*喰むことを禁じられ居る生ハムのいよよ恋ひしく夕茜浴ぶ
*おおぞらの果墨色の雲は消え冬はいよいよエピローグなり
*ちらほらと色とその香のほの顕ちて梅一輪に春は近づく
*亡母の棲む異界か知らず遠山にいまを名残の冬雲の見ゆ
*ほそぼそと遠鳴く声のひとしきりかりがねは翔つ夢に向ひて
氷原二月号掲載歌 一月三十一日(火)
氷原二月号掲載作品 (丹治久恵氏撰)
秋逝きぬ
*秋ひと夜ふかく思いの鎮みゆく省みるもの総べて灰いろ
*測り得ぬ空の昂みへ翔ぶ鳥の翼はうすき詩集 あたかも
*月旦のはざまゆるらに展ごりて風説ひとつ月よりとどく
*白昼夢幻し日の午後は遥かなる裸形の人を強く恋い居り
*秋寒の風の遠鳴りわが知らぬ街の騒めき連れ来るごとく
*抱く掌に軽き身体を震わせて白き鸚鵡は「ああ」と逝きたり
*四十年鳥籠を終の棲家とし起居共にせしああ汝よ逝くか
(鳥籠=ケージ)
*空深く鬱をつつみて昂々と何処までも蒼 どこまでも 秋
今日の歌
ひとへ
*死して後恐らくは居むその人の傍へに春の香あり焦がれつ
(傍へ=かたへ)
*一定の死を諾ひつなほひとの懐かしき香を尋めてやまざり
*冬枯れの枝に三、五と集ひ来ぬ名も知らぬ鳥無心なる翳
*赫焉の炎の如き思惟持つ人と思へどその身かく冷ややかに
(赫焉=かくえん)
*しみじみと舌にいぢらしその味のほの苦くして緋なるオニオン
今日の歌 冬の人びと 一月三十日(月)
今日の歌
冬の人びと
*陽だまりをその肩に受け犬ひとつ屑のごとくにねむる古城址
*家々にひとや籠もれる陽の見えぬ街路は寒きふゆの夕べは
*さまよひのはてとどきたる一葉のおそき賀状のひとは茫たり
*わすれ得ぬかのしろき脚影おとし雪に映ゆるを眩しみて見つ
*年古りてなほ恋やまぬ香のあれば一日路頭にそを尋め歩む
(一日=ひとひ)
今日の歌 日常 一月二十九日(日)
今日の歌
日常
*瞬きの間にはしり去る影の在りスローライフはゆめのまた夢
*履き捨てしブーツくの字に崩ほれて雪に今宵もさむく暮れゆく
*こうこつの人に居ならび四時あまり透析器ただ無心にまわる
〔四時=よとき)
*ナース等の白衣おぼろに見ゆるまで眼底ふかく過去は映り来
〔眼底=まなぞこ)
*自らはしかと生き居り去来する過ぐる日に視し夜をまぼろしの
〔視し=みし)